みどり子の(竹取の翁)

長歌 に関する記事

みどり子の わかごかみには たらちし 母にむだかえ ひむつきの 稚児が髪には
ゆふかたぎ ぬひつらに縫ひ着 うなつきの わらわかみには 結ひはたの 袖つけ衣
着し我れを によれる 子らがよちには みなのわた か黒し髪を ま櫛持ち
ここにかき垂れ 取り束ね 上げても巻きみ 解き乱り わらわになしみ さにつかふ
色になつける 紫の 大綾の衣 住吉の おり小野の まはり持ち にほほし衣に
こまにしき 紐にのいつけ 刺部重部 なみ重ね着て うちそやし おみの子ら
あり衣の たからの子らが 打ちしたえ はべて織る布 日さらしの
麻手作りを 信巾裳成者之寸丹取為支屋所経
稲置おとめが 妻どうと 我れにおこせし おちかたの ふたあやしたぐつ
飛ぶ鳥 明日香おとこが 長雨さえ 縫いし黒ぐつ さし履きて 庭にたたずみ
そけな立ち いさめおとめが ほの聞きて 我れにおこせし みはなだの
絹の帯を 引き帯なす から帯に取らし わたつみの とののいらかに
飛び翔ける すがるのごとき 腰細に 取り装い まそ鏡 取り並め懸けて
おのがなり かへらひ見つつ 春さりて 野辺をめぐれば おもしろみ
我れを思えか さ野つ鳥 来鳴きかけらう 秋さりて 山辺を行けば なつかしと
我を思へか 天雲も 行きたなびく かえり立ち 道を来れば うちひさす
みやおみな さす竹の とねりおとこも 忍ぶらひ かえらい見つつ
誰が子ぞとや 思はえてある かくのごと 所為故為 いにしへ ささきし我れや
はしきやし 今日やも子らに いさとや 思はえてある かくのごと 所為故為
いにしへの 賢しき人も 後の世の かがみにせむと 老人を 送りし車
持ち帰りけり 持ち帰りけり よみ人しらず

■ 訳

私が生まれて間も無い頃は母に抱かれ、物心付いた頃には木綿の肩衣に総裏を縫いつけて着ていた。髪がうなじを垂れるころには絞り染めの袖着衣を着ていた。
あなた方と同じ年頃には、真っ黒い髪を立派な櫛で梳き、垂らしたり、束ねて揚げたり巻いたり、また解き乱しては童児髪にしたりしていた。
丹色をさした紫染めの華やかな綾織衣で、高麗錦(こまにしき)を紐として縫いつけ、それをさしたり重ねたりして幾重にも着ていた。
その上に打麻の麻績の子や美しい衣の宝の子が練り上げ、幾日もかけて織った布を、またよく日にさらした麻の手作りの布を、いく重ねののように臑裳につけ、結婚のために幾日も家にこもっている稲置の女が贈って来たニ綾の靴下をはき、飛鳥男(竹取の翁)が長雨の間こもって縫った黒くつを履いて、想う女の庭に佇んでいると、娘の親が見咎めてくる。
逢い難い娘がほのかに私のことを聞いて送ってくれた薄い藍色の絹の帯を引帯のように韓帯として身につけ、海神の宮殿の屋根を飛び交う蜂のような細い腰に飾り、澄んだ鏡を二つ並べて自分の顔を何度も覗きこみながら、春には野辺を歩いてみると、私をめでたく思ってか、野の鳥が近づいて私の周りを鳴きはじめる。
秋になり山辺をめぐると、私を親しく思うのか、空の雲も流れ、棚引いている。
帰ろうと道を急ぐと、宮に仕える女たちや男たちがさりげなく振り返り、どこの子だろうと興味深々のようだった。
このようにもてはやされ、昔は華やかだった私が、今日あなた方にいともそっけなく、どこの誰だろうなどと粗末に扱われるようになろうとは。
年を取るとこのような扱いを受けるのだから、昔の賢人たちも後世の手本にしようと、老人を捨てにいった車を直ぐに持ち帰ってきたのだろう。

■ 解説

「みどりこ」とは3歳くらいまでの幼児を言います。
今回、「老人を 送りし車」を「老人を捨てにいった車」と訳していますが、これは姥捨山等で見られる、いわゆる棄老伝説で「一度は老いた両親を山に置こうとした人が後悔の念から直ちに山へ戻り、両親を連れ帰る」という話をもとにしたものを詠んだと推測されます。

■ この詩が詠まれた背景

万葉集第十六巻(3791首目)に記載されている長歌で、竹取の翁が詠んだとされる句です。なお、冒頭にこんな物語が記されております。

昔々あるところに、竹取の翁がおりました。
この翁、春の3月頃の事ですが、丘に登ったところ、吸い物を作っている9人の美しい少女たちに会いました。
少女たちが翁を見て「火を吹いて。」と呼び止めたので、翁が火の番をする事になりました。
ところが暫くして、少女たちは一体誰がこの翁を呼んだのかと言い争いを始めました。
翁は争いの種を作ってしまったお詫びに、翁の昔話を歌にして詠みました。
全部で三つの歌を歌いましたが、その最初の歌が上記のものになります。
なお、長いので内容を簡単にまとめると、
「若い頃は大変高貴な生まれで華やかな生活を送っていたが、年をとると貴方達にも嫌がられるようになってしまった。賢い人は将来自分がこうなることを知っているよ。」
といった内容になります。

■ 豆知識

なお、この話を聞いた9人の娘たちはそれぞれお詫びに歌を返しています。

竹取の翁は登場しますが、竹取物語とは話が全く異なっています。
竹取物語の原型か、竹取物語で語られなかった物語の一つなのか、はたまた全く別人なのか、詳細はよく分かっておりません。

コメント

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。


コメントを書く

お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: