我が庵は(喜撰法師)

短歌 に関する記事

我が庵は 都のたつみ しかぞ住む
世をうぢ山と 人はいふなり 喜撰法師

■ 訳

私が気ままに暮らしている小屋は、都から見ると南東の方角にあるんだけど、みんなは(私の暮らす)この場所を苦しみ山なんて言うんだよ。

■ 解説

「庵」は質素な小屋を、「たつみ」は辰巳の方角、つまり南東を、「しかぞ住む」はそのように(然ぞ)住んでいると、「鹿ぞ住む」鹿が住んでいる(ような田舎)を掛けたもの、「世をうぢ山と」は世間では憂し(不安な、心配な、つらい、苦しい)山と、宇治山を掛けた言葉、「人はいふなり」は皆が噂している、といった意味になります。
そんな場所で暮らしている喜撰法師を見た人々は、「こんな場所で暮らしているなんて、喜撰法師さんは世の中が嫌になってるからに違いない!」と噂します。
実際にのん気に暮らしている喜撰法師からすれば、「まさかそんな噂が立つなんて・・・」と思ったことでしょう。

■ この詩が詠まれた背景

この歌は古今和歌集十八巻(雑歌 983首目)、小倉百人一首の第八首目に記載されている歌です。

なぜ辰巳(南東)の方角なのかですが、巽の方角は鬼門(北東)でも裏鬼門(南西)でもなく、むしろ吉方で宇治山が縁起的にも問題ないことを示したものかもしれません。
(京から見て南東の方角には伏見稲荷神社があり、巽の福神と呼ばれていたそうです。)
もっとも、ただ単に「立つ見」と掛けただけかもしれませんが…。
ちなみに「巽」と書いた場合、易の八卦では従順、卑下の徳を意味するそうです。

■ 豆知識

喜撰法師は六歌仙の一人で、宇治山に住んでいた僧侶だったということと、古今和歌集、玉葉和歌集に収録された二首以外に真作と認められる歌が残されて無いことから、謎の多い人物です。

この歌から、お茶を示す隠語として「喜撰」が使われています。

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