筑波嶺の(陽成院)

短歌 に関する記事

つくばねの 峰より落つる みなの川
恋ぞつもりて 淵となりける 陽成院

■ 訳

筑波山の峰から流れてくる男女川。
(私の心も)恋が募って男女川の淵(深い淀み)のように想いが深く(強く)なってしまったようだよ。

■ 解説

「つくばね」は筑波峰(現在の茨城県つくば市にある筑波山)のことで歌枕、「落つる」は流れてくる、「みなの川」は男女川、「恋ぞつもりて」は想いが募ってと川の流れが集まってを掛けた言葉、「淵となりける」は淵(深い淀み)、あるいは想いが深く(強く)なる様子をそれぞれ意味しています。
後撰和歌集には「釣殿のみこに遣はしける」とあることから、この詩は綏子(すいし)内親王(光孝天皇の娘で後に皇后となります)に宛てた恋文となります。

■ この詩が詠まれた背景

この歌は後撰和歌集 恋三、小倉百人一首の第十三首目に記載されている歌です。

古来、筑波山では農閑期において、歌垣(求愛の歌を歌い合う呪術的な行事)が大規模に行われ、舞い、踊り、自由に性交を行うことで豊作を祈るという儀式が行われていました。(万葉集 第九巻 1759首目)
そのことから、自らの「恋が募る」話を筑波山の男体山と女体山、および峰の中央で交じり合う男女川と結び付けたと考えられます。

■ 豆知識

この歌を詠んだ陽成天皇は悪帝として知られています。
これにはいくつかの理由があるのですが、たとえば、私邸に引きこもって一切政務を執り行わなかった話や、源益(みなもとのすすむ)撲殺事件の犯人だった、といった物騒な話まで色々と残されています。
しかしながら、退位した時点の年齢が17歳(満15歳)であったことや、当時藤原基経による専横が行われていたこと、禁中での話であり詳細が一切不明な点などから、真相がどうだったのかは全く分かっていません。

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はぅ〜
Posted by at 2019年09月16日 22:06

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