小倉山(貞信公)

短歌 に関する記事

小倉山 峰の紅葉ば 心あらば
今ひとたびの みゆきまたなむ 貞信公

■ 訳

小倉山にある峰を彩る紅葉よ。
もしお前に心があるのなら、今一度、天皇が行幸されるまでその葉を散らせるのは待っていてくれ。

■ 解説

「心あらば」は心があるならば、「みゆきまたなむ」は行幸されるまで待ってくれ、といった意味です。
後述しますが、小倉山の紅葉があまりに美しかったので、天皇陛下にもこの光景をお見せしたい、ということを詠んだ詩になります。
ちなみに、行幸とは、天皇が外出される場合に使う言葉です。

■ この詩が詠まれた背景

この詩は拾遺和歌集 第十七巻(1128首目)、小倉百人一首の第二十六首目に収録されています。
古今和歌集の題名に「亭子院の大井川に御幸ありて行幸もありぬべき所なりと仰せ給ふにことのよし奏せむと申して」(亭子院(宇多上皇)が大井川まで御幸なられた際に、醍醐天皇もここに御幸するべきだと仰せになったので奏上した)と書かれていることから、延喜七年(907年)九月に行われた大井川御幸の際に詠まれたものといわれています。

■ 豆知識

作者は藤原忠平で、大変聡明で寛大、慈悲深かったことが知られ、その死を惜しまぬものはなかったと伝えられており、また人相占い師からは「神識才貌、全てが良い。長く朝廷に仕えて、栄貴を保つのはこの人であろう」と称されています。
(実際、35歳で臣下最高位となり、35年間その地位を維持しています。)

後に承平天慶の乱を起こした平将門が一時期部下として仕えていました。
また、菅原道真とも親交が深く、妻で宇多天皇の皇女である源順子は「菅原の君」と呼ばれ、菅原家との深いつながりが示唆されています。

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