嘆きつつ(右大将道綱母)

短歌 に関する記事

嘆きつつ ひとりぬる夜の 明くるま
いかに久しき ものとかはしる 右大将道綱母

■ 訳

(貴方が来ないのを)嘆きながら、夜が明けるまで一人で眠る時間がどれほど長いものなのかご存知なの?

■ 解説

「嘆きつつ」は嘆きながら、「ひとりぬる」は一人で寝る、「明くるま」は夜が明けるまでの間、「いかに久しき」はどれほど長い、「ものとかはしる」はものなのか知らないんじゃない?といった意味になります。
作者の夫である藤原兼家は浮気性だったようで、なかなかやって来ない兼家が久しぶりにやってきた際、色褪せた菊一輪と共にこの歌を添えたそうです。

■ この詩が詠まれた背景

この詩は拾遺和歌集 第十四巻(恋四 912首目)、小倉百人一首の第五十三首目に収録されています。
題に「入道攝政まかりたりけるに門を遲く明けゝれば」(入道摂政(藤原兼家)がやってきたけど、(わざと待たせて 門を遅くに開けた)と書かれています。

■ 豆知識

作者は藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)で、中古三十六歌仙の一人で、女房三十六歌仙の一人でもあります。
内容のほとんどが夫、兼家の愚痴である蜻蛉日記(かげろうにっき)の作者で、その中にこの歌が登場します。
蜻蛉日記には当時の状況がかなり詳しく書かれています。

本朝三美人の一人で聡明であったと伝えられています。
が、一人息子である藤原道綱は弓の名手ではありましたが、恋文は出せないので母に代筆を頼んだり、40代になっても漢字は自分の名前に使われているものしか分からない、といったように、母から見てもちょっと情けない息子であったようです。

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