いにしへの(伊勢大輔)

短歌 に関する記事

いにしへの 奈良の都の 八重桜
けふ九重に 匂ひぬるかな 伊勢大輔

■ 訳

古都奈良に咲く八重桜が、今日は宮廷で鮮やかに咲き誇っているわ。

■ 解説

「いにしへの 奈良の都の」はこの時代平安京に遷都していたため、古都奈良の「八重桜」は桜の品種(牡丹桜)、「けふ九重(ここのへ)に」は今日、宮廷に、「匂ひぬるかな」は咲き誇っているなぁ(感嘆)、といった意味になります。
「いにしへ」と「けふ」、「八重」と「九重」が対句になっており、さらに宮廷のある「京」と「けふ」が掛っています。

■ この詩が詠まれた背景

この詩は詞花和歌集 第一巻(春 29首目)、小倉百人一首の第六十一首目に収録されています。
題に「一條院の御時ならの八重櫻を人の奉りけるを其折御前に侍りければその花を題にて歌よめとおほせごとありければ」(一條院(藤原道長)の元に奈良県の八重桜が譲られたのだけれど、この頂いた桜を題として詠むようとの道長のご命令で詠んだ。)とあり、当時奈良にしか生えていなかった八重桜を宮廷のある平安京に移したことを詠んだ詩となります。

■ 豆知識

作者は伊勢大輔(いせのたいふ)で、中古三十六歌仙の一人で女性です。 祖父は三十六歌仙の一人である大中臣能宣で、小倉百人一首49首目に選歌されています。

当時、和泉式部紫式部などと親交があり、才女として名高い紫式部の後釜としてその地位を受け継ぎました。

この詩を詠んだ時の様子が、袋草紙に「殿を始め奉りて、万人感嘆宮中鼓動す」と書かれており、殿(道長)をはじめ、みんなから絶賛されたそうです。
この時譲られた八重桜は東大寺にある知足院の裏山に生える八重桜(天然記念物指定)であると伝えられています。

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