玉の緒よ(式子内親王)

短歌 に関する記事

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば
忍ぶることの よわりもぞする 式子内親王

■ 訳

私なんてさっさと死んじゃえば良いんだわ。
長生きして(貴方への)忍ぶ想いを失ってしまうくらいなら。

■ 解説

「玉の緒」は魂のひも、転じて命、「絶えなば絶えね」は息絶えるのなら絶えてしまえ、「ながらへば」は生きながらえたならば、「忍ぶることの」は耐え忍んでいることが、「よわりもぞする」は弱ってしまう、あるいは衰えてしまう、といった意味になります。

■ この詩が詠まれた背景

この詩は新古今和歌集 第十一巻(恋歌一 1034首目)、小倉百人一首の第八十九首目に収録されています。
題には「百首哥の中に忍恋を」と書かれており、後鳥羽上皇の歌合に参加した際、「忍ぶ恋」を歌ったものです。

■ 豆知識

作者は式子内親王(のりこないしんのう)で、後白河天皇の第三皇女、新三十六歌仙の一人です。
式子内親王が詠んだとされてる、現存する和歌の約三分の一が勅撰和歌集に選歌されています。

式子内親王は10歳頃から斎院として10年間賀茂神社に奉仕し、後に出家(41歳頃)して生涯を独身で過ごしました。
藤原俊成を師としており、その息子である藤原定家とは明月記に記載があるなど深い仲であったことがうかがえます。
(ちなみに、内親王の方が定家より13歳ほど年上です。)
なお、このことが後に能の題目である定家(ていか)を生むきっかけとなりました。 齋院に奉仕したものは基本的に生涯独身であるということが暗黙のお約束となっており、そのことからも正に「忍ぶ恋」であったことが伺えます。

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