天が下(鼠小僧次郎吉)

辞世の句 に関する記事

天が下 古き例は しら浪の
身にぞ鼠と 現れにけり 鼠小僧次郎吉

■ 訳

先人(盗賊)達の例に漏れず、オイラがねずみ小僧だってこと、世間中に知れ渡っちまったなぁ。

■ 解説

「天が下(あまがした)」は世間、「古き例(ふるきためし)」は過去の(大盗賊達の)例、「しら浪(しらなみ)」は昔中国で黄巾の乱が起こった際、残党が白波谷に篭って自らを白波賊と呼んだ故事、および過去の大盗賊である白浪五人男にちなんで、「身にぞ鼠と」は私が鼠(小僧)だということが、「現れにけり」は発覚した、あるいはばれてしまった、といった意味になります。

■ この詩が詠まれた背景

当時は連座制が適用されていましたが、両親からは勘当されており、捕縛される直前には、数人居たと言われる妻や妾とも離縁状を出しており、周囲の人間を巻き込むことなく天涯孤独の身で刑を受けました。
処刑は小塚原刑場で行われ、享年は36歳でした。

■ 豆知識

作者は次郎吉(じろきち)で、大名屋敷を専門に荒らした窃盗犯で、後に義賊として知られました。
なお、本職は鳶職であったと伝えられています。

文政8年(1825年)に土浦藩藩主である土屋相模守の屋敷に忍び込むまで28箇所32回の窃盗を繰り返し、ここで捕縛された際、初めて盗みに入ったと嘘をついて難を逃れます。
しかしその後、賭博の金欲しさに再度窃盗を行い、その後7年間、71箇所90回の窃盗を行った後、天保3年(1832年)5月5日、松平宮内少輔屋敷に忍び込んだ際についに捕縛、本来重犯罪のための刑である、市中引き回しの上での獄門の判決が下されました。
市中引き回しの際女装しており、美しい着物を身に付け薄化粧の上、口紅までしていた、と言われています。

なお、鼠小僧の墓所は回向院にあり、その墓石を持っていればギャンブルに強くなるという俗信により削り取られています。

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