最上川に(齋藤茂吉)

短歌 に関する記事

最上川に 住む鯉のこと 常におもふ
噞喁ふさまも はやしづけきか 齋藤茂吉

■ 訳

最上川にいる鯉の事をずっと考える。
口をパクパクしている様子も、なんとも静かなことだ。

■ 解説

「噞喁ふさま(あぎとふさま)」は魚が水面で口をパクパクさせる様子、「はや」はなんとも、「しづけき」は静かだ、をそれぞれ意味します。

■ この詩が詠まれた背景

この詩は斎藤茂吉が書いた「」に収録されています。
「これは昭和二十一年大石田の初冬に作つた一首である。最上川に大鯉の住むといふことは、一たびは疑つて見たが、もはや疑ふことが出来なくなつた。されば、寧ろ想像で出来たこの歌をば事実として立証することが出来るまでになつた。彼等魚族も、秋に沢山物を食つて、いよいよ冬の休息に入るやうになる。休息時には彼等のする噞喁も静寂で、それを見てゐる人間の心もおのづから静寂だといふことになる。」と書かれており、最上川で捕れた緋鯉を見て詠んだ詩です。

■ 豆知識

作者は斎藤茂吉で大正時代から昭和初期にアララギの中心人物として活躍した歌人、精神科医です。
アララギとは正岡子規の門下生が集まった短歌の機関紙の事で、後にアララギ派と呼ばれるようになります。
ちなみに茂吉が短歌の世界に入ったのは中学時代で、生涯に17,907首の詩を読んでいます。

斎藤茂吉は守谷家の三男でしたが、婿養子として13歳年下の斎藤輝子と結婚しました。
妻である斎藤輝子は活発で行動力のある女性でしたが、茂吉を口汚く罵ってみたり、軽率な行動をして事件に巻き込まれ、別居状態だったこともあります。 なお茂吉の死後、79歳の時に、南極大陸に渡って話題になりました。

「どくとるマンボウ航海記」で知られる北杜夫は茂吉の次男です。
長男の斎藤茂太も随筆家として知られています。
また、孫である斎藤由香も随筆家として活躍されています。

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