かさねとは(曾良)

俳句 に関する記事

かさねとは 八重撫子の 名成べし 曾良

■ 訳

「かさね」というのは、きっと八重撫子の名前に違いないですよ。

■ 解説

「べし」はきっと〜に違いない、を意味します。
この句の季語は「八重撫子」で季節は夏です。

■ この詩が詠まれた背景

この詩はおくのほそ道(6首目)に収録されています。
那須で詠まれた句で、おくのほそ道には以下のような説明が記載されています。
「那須の 黒はねと云所に知人あれば是より野越にかゝりて直道をゆかんとす。遥に一村を見かけて行に、雨降日暮る。農夫の家に一夜をかりて、明れば又野中を行。そこに野飼の馬あり。草刈おのこになげきよれば、野夫といへどもさすがに情しらぬには非ず「いかゝすべきや、されども此野は縦横にわかれてうゐうゐ敷旅人の道ふみたがえん、あやしう侍れば、此馬のとゞまる所にて馬を返し給へ」とかし侍ぬ。ちいさき者ふたり馬の跡したひてはしる。独は小姫にて名を「かさね」と云。聞なれぬ名のやさしかりければ、
(本俳句)
頓て人里に至れば、あたひを鞍つぼに結付て馬を返しぬ。」
(那須の黒羽というところに知人がいるので、野道を超えて近道することにした。田舎者と言ってもさすがに情のない人はおらず、「どうかされましたか?野道といっても、ここは道が複雑で土地勘のない旅人では道を間違えかねません。心配ですので、この馬が足を止めるところまでお乗りください。」と言ってくださった。子供二人が馬の後を追って走ってついてくる。一人は少女で名を「かざね」という。聞き慣れない上品な名前だったが、
(本俳句)
間もなく人里に着いたので、お金を鞍笠に付けて馬をお返しした。)とあります。
説明から「かざね」は親切に馬を貸してくれた人の娘の名前であることが分かります。

■ 豆知識

作者は曾良で松尾芭蕉の弟子です。
この詩は前回の旅の続きです。

松尾芭蕉が活躍した江戸時代に入り、平和になったことで、空前の園芸ブームが巻き起こっています。
1681年には日本最初の総合園芸書、花壇綱目が出版されています。
(ちなみに1666年には日本最初の百科図鑑、訓蒙図彙も出版されています。)

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