夏山に(松尾芭蕉)

俳句 に関する記事

夏山に 足駄を拝む 首途哉 松尾芭蕉

■ 訳

夏の登山(を安心して越えられるよう)、(健脚な役行者にあやかるため)高下駄を拝んだ、(ここからが本格的な)旅立ちなのだなぁ。

■ 解説

「夏山(なつやま)」は夏に行う登山、「足駄(あしだ)」は下駄の一種(歯が下駄より高く雨天に使用されました)、「首途(かどで)」は旅立ち、出立、「哉(かな)」は〜だなぁ(詠嘆)、をそれぞれ意味します。
季語は「夏山」で夏です。

■ この詩が詠まれた背景

この詩はおくのほそ道(7首目)に収録されています。
題は「黒羽」で、「修験光明寺と云有。そこにまねかれて行者堂を拝す。」(修験光明寺という所に招かれて行者堂で拝む。)とあります。

「黒羽」での出来事として、「黒羽の館代浄坊寺何がしの方に音信る。思ひがけぬあるじの悦び、日夜語つゞけて、其弟桃翠など云が朝夕勤とぶらひ、自の家にも伴ひて、親属の方にもまねかれ日をふるまゝに、ひとひ郊外に逍遥して、犬追物の跡を一見し、那須の篠原わけて玉藻の前の古墳をとふ。それより八幡宮に詣。与一扇の的を射し時、「別しては我国氏神正八まん」とちかひしも此神社にて侍と聞ば、感應殊しきりに覚えらる。暮れば、桃翠宅に帰る。」(黒羽藩の家老である浄坊寺さん(俳号は桃雪)の元にやってきた。予想だにしなかった桃雪の喜び。毎日朝から晩まで語り続けてしまう。桃雪の弟である桃翠(誤記:翠桃が正しい)は朝も夕も、私の元に通い続け、彼の家にも招待してくれた。親族の方にも招かれてしまった。一日郊外に出かけてうろうろしていると、犬追物の跡(玉藻前を追った場所)を一通り見た後、那須野が原を踏み分けて殺生石を弔った。その後、八幡宮に詣でる。(平家物語で)那須与一が扇の的を射る際、「とりわけ我が国の我が氏神たる八幡様」と誓った神社がこの場所だと聞けば、感動して特に深く心に残った。(その後、)日が暮れたので、桃翠宅に帰った。)と書かれています。

■ 豆知識

作者は松尾芭蕉です。
この俳句は前回の旅の続きの話です。

芭蕉が拝んでいったとされる「修験光明寺」ですが、残念ながら現在は残っていません。
栃木県那須郡黒羽町余瀬に碑が建てられており、その碑にはこの句が記されています。

■ 関連地図

コメント

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。


コメントを書く

お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: