海山の(石作皇子)

短歌 に関する記事

海山の みちにこゝろを つくしはて
みいしの鉢の なみだながれき 石作皇子

■ 訳

海を越え、山を越え、道中、心を尽し果てるほど探しましたが、仏の御石の鉢が見つからないことに涙が流れました。

■ 解説

「みいしの鉢」は竹取物語の文中から仏の御石の鉢、を意味します。

■ この詩が詠まれた背景

竹取物語の作中で、かぐや姫は五人の貴公子からの求婚を断るため、一人一人に難題を突き付けますが、貴公子の一人である石作皇子には仏の御石の鉢を要求しました。
この詩は石作皇子が仏の御石の鉢(実際には山寺にあった煤けた古い鉢)をかぐや姫に渡す際に詠んだ詩です。
神々しい光を放つとされる仏の御石の鉢が蛍ほどの光も発していないことから、かぐや姫はすぐにそれが偽物であることを見破り、
「おく露の ひかりをだにも やどさまし 小倉山にて なにもとめけむ」(露ほどの光も宿していないじゃありませんか。(近所の)小倉山(京都府京都市右京区にある山で小倉百人一首が選ばれたことで有名)で何を探してきたのです?)という返歌を出します。
その返歌を見た石作皇子は、
「しら山に あへば光の うするかと はちを棄てゝも たのまるゝかな」(白山(石川県白山市にある山で霊山の一つ)のような(貴方に鉢を)お渡ししたなら、仏の御石の鉢でさえも光を失ってしまうかと思い、鉢を捨て、恥を捨ててお頼みします。)と返歌を出します。
これにはかぐや姫もすっかり呆れてしまい、返歌も返さず、声をかけることもなく、聞く耳も持ちません。
仕方なく石作皇子は鉢を捨てて帰った、というお話です。

■ 豆知識

竹取物語の作中の人物であり、竹取物語自体の作者も不明です。
文の巧みさなどから、作者は紀貫之ではないか、という説があります。

竹取物語に登場する五人の貴公子の内、三人は実在の人物です。
そのため、石作皇子もモデルがいる可能性があります。

■ 関連地図

コメント

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。


コメントを書く

お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: