■ 解説
「世の人」は世間一般の人、「見付ぬ」は見いだせない、をそれぞれ意味します。
季語は「栗の花」で夏です。
■ この詩が詠まれた背景
この句はおくのほそ道、「須賀川」の中で芭蕉が詠んだ俳句です。
前回の旅の続きで、須賀川の宿場で滞在していた頃の出来事です。
おくのほそ道には、
「此宿の傍に、大なる栗の木陰をたのみて、世をいとふ僧有。橡ひろふ太山もかくやとしづかに覚られてものに書付侍る。其詞、
栗といふ文字は西の木と書て西方浄土に便ありと、行基菩薩の一生杖にも柱にも此木を用給ふとかや。
(本俳句)」
(この宿の傍らにある、巨木となった栗の木影で俗世を避けている僧が居られた。”橡ひろふ太山”(「山ふかみ 岩にしたゝる 水とめむ かつかつおつる とちひろふ程」)と西行法師が詠まれた高野山での生活もこのような感じだったのではと思い、その時思い立った言葉をメモしておいた。その内容は、
栗という字は西の木と書いて、西方浄土に関係があるものとして、行基和尚もその生涯において、杖にも柱にも栗の木を使ったという。
(本俳句))とあります。
■ 豆知識
作者は松尾芭蕉です。
”橡ひろふ太山”の詩ですが、山家集によれば大原に住み始めた寂然法師に西行法師が送った手紙に書かれた詩の事です。
行基菩薩とは奈良の大仏の制作を指揮したことで知られる、日本最初の大僧正です。
日本最古の地図である行基図を描いたともいわれていますが、原本が残っていないため、詳細は分かっていません。
■ 関連地図
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