楽浪の(柿本人麻呂)

短歌 に関する記事

楽浪の 志賀の大わだ 淀むとも
昔の人に またも逢はめやも 柿本人麻呂

■ 訳

さざ波の立つ、志賀の大きな入り江がいつも通り淀んでいても、昔の(近江宮で働いていた)人たちにまた会えるだろうか(、いや、会えないだろうな。)

■ 解説

「楽浪(さざなみ)」はさざ波の立つ、「志賀の大わだ(しがのおおわだ)」は志賀の大きな入り江、「またも逢はめやも」はまた会えるだろうか、いやあえないだろう("やも"は詠嘆+反語)、をそれぞれ意味します。

■ この詩が詠まれた背景

この詩は万葉集 第一巻(雜歌 31首目)に収録されています。
この詩は前々回前回の反歌(補足)になります。

■ 豆知識

作者は柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)で、三十六歌仙の一人、小倉百人一首では3首目、「あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の…」が選歌されています。

この詩には別バージョンがあり、万葉集(西本願寺本)に併記されています。
内容は、「楽浪の 比良の大わだ 淀むとも 昔の人に逢はむと思へや」となっています。
違いは「志賀」が「比良」、「またも逢はめやも」が「逢はむと思へや」です。

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