釧着く(柿本人麻呂)

短歌 に関する記事

釧着く 答志の崎に 今日もかも
大宮人の 玉藻刈るらむ 柿本人麻呂

■ 訳

今頃は答志島で(従駕した)宮廷人たちは今日もまた藻を取っているのだろうか。

■ 解説

「釧着く(くしろつく)」は”手節(たふし)”に掛る枕詞(釧は古代の腕輪の事)、「答志の崎(たふしのさき)」は現在の三重県鳥羽市にある答志島(とうしじま)、「大宮人(おほみやひと)」は宮廷人、をそれぞれ意味します。
「釧着く」の部分は”釧着く”までが枕詞で、腕を指す言葉である”たふし”に掛ります。

■ この詩が詠まれた背景

この詩は万葉集 第一巻(雜歌 41首目)に収録されています。
40首目と同様、持統天皇が伊勢に御幸された際の留守中に都で詠んだ詩となります。

■ 豆知識

作者は柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)で、三十六歌仙の一人、飛鳥時代の歌人です。
小倉百人一首では「あしびきの…」が選歌されています。

釧ですが、発掘された遺骨には釧を付けたままの状態で見つかっているものもあります。
釧をつけた人は圧倒的に女性が多く、貝で作られた貝輪は特に高い身分の人が着けていたようです。

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