蠶飼する(曾良)

俳句 に関する記事

蠶飼する 人は古代の すがた哉 曾良

■ 訳

蚕を(甲斐甲斐しく)育てている人の様子は、遥か昔から連綿と続く姿なのだなぁ。

■ 解説

「蠶飼(蚕飼:こがい)」は蚕を飼うこと、「すがた哉(姿かな)」は姿なのだなぁ(”哉”は詠嘆)、を意味します。
季語は「蠶飼」で春(晩春)となりますが、季語として詠まない方が適切かもしれません。
(養蚕自体は年に何度も行われるのですが、もっとも質の良い絹糸を採取できるのが晩春だそうです。
夏場の養蚕を夏蚕(なつご)と呼び、夏の暑さの中行う作業はとても大変だそうですが、収穫期と重ならない夏蚕は農家にとって効率が良く、国内の養蚕は夏蚕によって発展したとも言われているそうです。)

■ この詩が詠まれた背景

この句はおくのほそ道、「尾花沢(おばなざわ)」の中で芭蕉が詠んだ俳句で、前回の続きです。

養蚕の歴史はとても古く、古事記や日本書紀にも蚕が登場しています。
発祥は中国ですが、少なくとも5000年以上の歴史があるようで、養蚕の仕方も養蚕がはじめられた頃には既にほぼ完成された状態であったようです。
(日本には紀元前200年頃に稲作と共に伝わっています。)
養蚕には温度調整や病気のケアなど、細やかな対応が必要だそうで、曾良はそういった古い歴史のある養蚕と夏の蒸し暑い中、世話する人々の姿を見てこの句を詠んだのかもしれません。

■ 豆知識

作者は曾良です。

蚕は天然に存在しない昆虫で、人の手が無ければ成虫になることもできません。
主食は桑の葉ですが、木に止まらせても脚力が弱く木に止まることもできません。

江戸時代中期から幕末に掛けて養蚕技術が飛躍的に進歩したおかげで、明治時代、アジア各国の中でいち早く近代化を成し遂げることに成功しましたが、それまでは国内での絹の生産は非常に質が悪く、着物に使われる絹も中国からの輸入に頼っていました。
養蚕が輸入に頼る必要が無いほど向上したのは、貞享年間(1685年)に入ってからのことです。
現在はナイロンなどの人造繊維の影響もあり、国内の生産量は激減しています。

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