日並の(柿本人麻呂)

短歌 に関する記事

日並の 皇子の命の 馬並めて
み狩り立たしし 時は来向ふ 柿本人麻呂

■ 訳

(かつて)草壁皇子が馬を並べてて狩りに立たれた時が近づいて来る。
(そして軽皇子も父である草壁皇子と同じく狩りにお出になられるのだ。)

■ 解説

「日並の皇子の命(ひなみしのみこのみこと:日並皇子尊)」は草壁皇子(軽皇子の父)、「来向ふ(きむかふ)」は近づいて来る、をそれぞれ意味します。

■ この詩が詠まれた背景

この詩は万葉集 第一巻(雜歌 49首目)に収録されています。
前回と同様に軽皇子が安騎の野で宿泊された際に柿本人麻呂が作った詩です。
草壁皇子の別名として日並皇子尊が使われていますが、これは諡号です。
他にこのような諡が使われたケースがない事から、軽皇子の皇位継承を正当化する目的もあってこのような諡が使われたのではないかといった説も存在します。

■ 豆知識

作者は柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)で、三十六歌仙の一人、飛鳥時代の歌人です。
小倉百人一首では「あしびきの…」が選歌されています。

草壁皇子こと日並皇子尊ですが、万葉集 二巻に「日並皇子尊」の名で詩が載せられています。
今回紹介した詩では万葉仮名で「日雙斯皇子命」と書かれていますが、二巻では「日並皇子尊」で統一されているため、この詩を参考にして諡を決定したのでは、といった説もあるようです。

「日」は天孫である天皇を指すことから、この諡は天皇と並ぶとして解釈されるのが一般的です。
ちなみに草壁皇子の父(天武天皇)も母(持統天皇)も息子(文武天皇)も娘(元正天皇)も皇位についています。

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