涼しさや(松尾芭蕉)

俳句 に関する記事

涼しさや ほの三か月の 羽黒山 松尾芭蕉

■ 訳

なんという涼しさなのだろう。
(薄い雲と霧が掛った)三日月のぼんやりとかすかな(光が照らす)羽黒山よ。

■ 解説

「ほの(仄)」はかすかに、ほのかに、「羽黒山」は現在の山形県鶴岡市にある羽黒山、をそれぞれ意味します。
季語は「涼し」で夏の季語です。

■ この詩が詠まれた背景

この句はおくのほそ道、「出羽三山(でわさんざん)」の中で芭蕉が詠んだ俳句で、前回の続きです。

おくのほそ道には、
「五日、権現に詣。
当山開闢能除大師はいづれの代の人と云事をしらず。
延喜式に羽州里山の神社と有。
書写、黒の字を里山となせるにや。
羽州黒山を中略して羽黒山と云にや。
出羽といへるも鳥の毛羽を此国の貢に献ると風土記に侍とやらん。
月山湯殿を合て三山とす。
当寺武江東叡に属して天台止観の月明らかに、円頓融通の法の灯かゝげそひて、僧坊棟をならべ、修験行法を励し、霊山霊地の験効、人貴且恐る。
繁栄長にしてめで度御山と謂つべし。

八日、月山にのぼる。
木綿しめ身に引かけ、宝冠に頭を包、強力と云ものに道ひかれて、雲霧山気の中に氷雪を踏てのぼる事八里、更に日月行道の雲関に入かとあやしまれ、息絶身こゞえて頂上にいたれば、日没て月顕る。
笹を鋪篠を枕として、臥て明るを待。
日出て雲消れば湯殿に下る。

谷の傍に鍛治小屋と云有。
此国の鍛治、霊水を撰て爰に潔斉して劔を打、終月山と銘を切て世に賞せらる。
彼龍泉に剣を淬とかや。
干将莫耶のむかしをしたふ。
道に堪能の執あさからぬ事しられたり。
岩に腰かけてしばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜のつぼみ半ばひらけるあり。
ふり積雪の下に埋て、春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし。
炎天の梅花爰にかほるがごとし。
行尊僧正の哥の哀も爰に思ひ出て、猶まさりて覚ゆ。
惣而此山中の微細、行者の法式として他言する事を禁ず。
仍て筆をとゞめて記さず。
坊に帰れば、阿闍利の需に依て、三山順礼の句々短冊に書。
(本俳句)」

(五日(1689年7月21日)、羽黒権現を参拝する。
羽黒山を開山したという能除大師(のうじょたいし)は何時の時代の人なのかもわからない。
延喜式には羽州里山の神社とあるが、”黒”の字を”里山”と誤ったのではないだろうか。
それに本来は羽州黒山であったものを省略して羽黒山としたのではないだろうか。
出羽というこの地名は風土記に鳥の毛羽を貢物として納めていたとあるからであろう。
(羽黒山・)月山・湯殿山を合わせて出羽三山としている。
(お世話になっている)当寺は武蔵国江戸の東叡山寛永寺に属しており、天台摩訶止観の教えは(夜の)月明かりのように道を照らし、円満頓足に通じるという法の灯を掲げて、(教えを乞おうと)僧坊は軒を連ね、(皆、)修験修行に精を出し、霊山、霊地としての御利益によって人々は畏れ、崇めている。
繁栄が永遠に続くめでたい山というべきであろう。

八日、月山にのぼる。
木綿しめ(ゆふ注連:袈裟)を掛けて、宝冠(頭巾)を頭にかぶって、強力(ごうりき)に案内してもらい、雲と霧、山中の冷え冷えする空気の中、氷雪を踏んで昇ること30キロメートル超。
太陽や月の通り道を通るのではないかと思うような不安の中、息は絶え絶え、身も凍えながら頂上に着くと、日は既に沈んでおり、月が現れていた。
笹を敷き、篠を枕にして横になり、朝になるのを待った。
朝になり、雲が消えたので湯殿山まで下る。

谷の傍らには鍛治小屋と言われている場所がある。
出羽国の鍛治は霊水を選び、身を清めて刀を打ち、完成後「月山」と銘打たれたものが世間で称えられている。
(同じく霊水である)龍泉で焼きを入れた干将、莫耶夫妻の昔話に思いを寄せ、その道に深く通じることがいかに奥深いものであるかを知ることができた。
岩に腰を掛けてしばらく休んでいると、1メートル位の桜の木に半分ほど開きかけたつぼみが付いていた。
降り積もった雪の中、春を忘れない遅咲きの桜の心意気、なんと素晴らしいことか。
まるで真夏に咲いた梅の花がここで香るかのようだ。
行尊僧正が詠んだ和歌を思い出し、しみじみとした感動を一層感じられた。
なお、山中での詳細については行者のルールとして他言してはならないとのことなので記さない。
宿坊に戻ると、会覚阿闍利に求められ、三山順礼の句を短冊に記した。
(本俳句))とあります。

■ 豆知識

作者は松尾芭蕉です。

羽黒山を開山したという能除大師ですが、これは蜂子皇子の事です。
崇峻天皇の第三皇子で飛鳥時代の皇族です。
肖像画や像は不気味な姿で描かれたものが多いのですが、これは人々の苦悩を一身に背負い受けたためとのことです。

行尊僧正が詠んだ和歌というのは、小倉百人一首66首目、「もろともに あはれと思へ 山桜…」です。

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